2010年6月20日日曜日

共鳴のリーダーシップの構想

自分の個人的な情熱を伝えて他人を惹きつける自制力と共感力によるリーダーシップを、共鳴のリーダーシップと呼ぶ。わたしは、実演的芸術である音楽や演劇をヒントに、共鳴のように人に伝わっていく現象と心と感情の修練について書いてみたいと思っている。しかし法学作品の締め切りだけで青息吐息なので、ここで構想だけでも示しておきたい。

日本では、リーダーシップの研究や教育に対して懐疑的な見方が強い。これは市民の多くがリーダーシップを組織のトップの問題と考え、トップのリーダーシップに不信感を感じさせられる事例が相次いでいることと無縁ではない。普天間基地返還合意 をめぐる鳩山由紀夫前首相 の誤解と「うそ」と迷走は、リーダーシップに対する市民の不信を増長する象徴的な出来事であったといえよう

リーダーシップは政府や企業のトップのものではなく、NPOや自治会など社会のあらゆる場所にあまねく存在しているという考え方に立つ 。そして、リーダーシップという言葉を、「ある目的に向けて人々を動機付け動かすこと」と広く定義することにする 。ハイフェッツも、リーダーシップの定義を権限ある地位や個人的ないくつかの性質ではなく、行為(activity)に求める。すなわち、人々を動機付け動かして何かをさせるあらゆる職業の市民が行なう行為をリーダーシップというのである

人を動機付け動かすためには、脅迫と誘導(アメと鞭またはニンジンと鞭)によるハードな力(ハードパワー)と、他人を惹きつけて同化するソフトな力(ソフトパワー)が必要である 。最近ではリーダーシップにおけるソフトパワーの重要性が強調されている。首相や社長など法的権限がある人はハードパワーを利用できる地位にあるが、ソフトパワーが不足していると、人は本気で動かないので本来の目的を達成することができない。他方、法的権限がない一般市民がみんなに共通の重要な課題(公共の課題)に取り組む場合(市民運動)には、ハードパワーの利用は限られているので、ソフトパワーを動員するしかない。1950年代の沖縄県伊江島における米軍に対する住民運動は「進んでやる気を起こさせ、他人にも勧めてやらせたくなる」リーダーシップの好例である

ナイによれば、ソフトパワーは、①心の知性(”emotional intelligence”)、②コミュニケーションおよび③ビジョンの三つの要素からなるという 。心の知性(いわゆる「EI」である)とは、自分の個人的な情熱を伝えて他人を惹きつける自制力と共感力のことである 。本稿では「進んでやる気を起こさせ、他人にも勧めてやらせたくなる」ソフトパワーによるリーダーシップのことを、EIの創始者ゴールマンの表現からヒントを得て、共鳴のリーダーシップと呼ぶ

他人を惹きつけるという「EI」を作用させた結果は、自分が他人に与える印象を巧みに操作することによって獲得できないわけではない。つまり、心の知性が本物でなくても、同じ効果が得られる場合がある。しかし、ナイはこのような「演技」には、心と感情の修練と技術が必要だという。演技とリーダーシップには共通点があるというのである

わたしは、「ARTとしてのリーダーシップ-対話による実践知の言語化」という論文(『国際公共政策研究』1411頁以下(2009))で、音楽とリーダーシップの共通点に着目し、演奏者との対話から共通のポイントを見いだした 。とくに、方向性を示す、背中で感じる-呼吸を合わせる、気づきの鏡になる気づきを教える―感覚を磨かせる、喜んでついて来るようにさせるという共通点は、ソフトパワーによるリーダーシップの要素といえる。

そこで、さらに異なった職業の人々と異なった楽器の演奏者とを組み合わせて対話してもらうことによって、ソフトパワーによるリーダーシップの議論に新たな光をあててみたいと考えている。しかし法学作品の締め切りだけで青息吐息なので、共鳴のリーダーシップについていつ書けるかわからない。ここで構想だけ示しておくゆえんである。

2010年6月17日木曜日

交渉力を高める7つのポイント

前回のブログでは、ハーバード流交渉法についてFisher [1991]とFisher [2005]の変遷を論じた。今回のブログでは、Fisher [1991]の観点から、交渉力を高める7つのポイントを示して、交渉を学ぶ人達の参考に供したい。




Fisher [1991]の基本的考え方

○見かけではなく、実質を交渉する。
○参加者は問題の解決者である。
○目標は効果的かつ友好裏に賢明な結果をもたらすこと。

交渉力を高める7つのポイント
1.人と問題を切り離す
○人に対してはやさしく問題に対しては強硬に。
○信頼するか否かと無関係に進める。交渉当事者間で仕事ができる良好な関係を築く。

2.立場ではなく利害に焦点を合わせる
○利害を探る。
○最低線を出すやり方を避ける。

3.双方にとって有利な選択肢(オプション)を考え出す
○まず複数の選択肢をつくり、決定はその後にする。
○ブレーンストーミングを活用する。

4.客観的基準を強調する
○意志とは無関係な客観的基準に基づいて結果を出す。
○理を説き、理には耳を傾け、圧力ではなく原則にあわせる。

5.よい「BATNA」(バトナ)を用意する
○ 現在の交渉をしないとしたときの最善の代替案BATNAを考える。

6.確約(コミットメント)の仕方を工夫する
○こちらが何をするかを明確に示す。
○相手に何をしてほしいかを明確に示す。

7.よい伝え方(コミュニケーション)を確保する
○相手の言うことをよく聴く。
○理解させるために話す。

【コメント】
ポイント1 交渉で一番大切なのは問題の解決であるのに、しばしば交渉相手の「人」が問題になってしまう。人と問題を切り離して、問題に集中するためには、円滑な対話による理解の促進が必要なのである。「人に対してはやさしく問題に対しては強硬に」とは、Fisher [1991]の問題解決型交渉の考え方を表している。
問題解決型解決方法は、ゲーム理論に裏付けられている。ここからは、第1にゼロサムゲームに見える状況を利害に基づいて分析することによって、ウィンウィンゲームに転換できることが示される(野村[2004])。この点は、ポイント2の利害分析の重視とポイント3の利害の組み合わせによるオプションの創造につながる。第2に、ゲーム理論からは、交渉における意思決定において、情報と情報の伝達(コミュニケーション)の重要性が導かれ(野村[2004])、ポイント7につながっていくのである。
「人と問題を切り離せ。」では、人が問題にならないように、予防的な措置も強調される。予防的な措置の核心は「相手と話ができる関係」を築くことである。前述のように、Fisher [2005]では繋がりや関係性を築くことが強調され、繋がりは交渉の7要素の第1要素とされる。

ポイント2 前回のブログで述べたように、「ハーバード流交渉術」の特徴は、Fisher [1991]では原則立脚型にあるとされていたのに対して、Fisher [2005]では利害立脚型に求められている。すなわち、ポイント4からポイント2に力点が変わったのである。問題解決における利害分析の重要性は、前述のように、ゲーム理論によって裏付けられる。

ポイント3 このポイントは前著と後著で変わらない。いわゆるパイを大きくすることである。理論的には、交渉の後の方が交渉の前よりも当事者双方の利得が増加していなければならない。この点も、ゲーム理論で説明することができる。

ポイント4 Fisher [2005]では、正統性(レジティマシー)としてまとめられている。Fisher [1991]に基づく授業では、当事者双方が納得できる客観的原則をいかに見出すかという技術的な面が前面に出ていたように思われる(野村[1986])。

ポイント5 BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)とは、交渉による合意が成立しなかった場合の最善の代替策である。現在の交渉の中での最低水準(ボトムライン)と区別することである。
Fisher [1991]では原則立脚型交渉法は4原則からなると説明されていた。そしてBATNAは権力(パワー)のある相手に4原則では対抗できない場合に交渉力を高める対処法として位置づけられていたのである。太田・野村[2005]は、Fisher [2005]が公刊される以前ではあるが、BATNAを交渉の第5ポイントとして説明している。

ポイント6 「コミットメント」という言葉は、Fisher [1991]ではポイントとしては取り上げられていない。前述したように、Fisher [2005]では意味合いが異なる。前著はコミットメントを手段・方法として用いる意味、後著では交渉目的である合意の意味合いで用いられており、公正で現実的なコミットメントを行うことが強調される。
 Fisher [1991]は、確約の例として、人を雇いたいときに、こちらから明確なオファーをして、相手がイエスといえば合意成立という状態にすることをあげる。メールを書くときに、イエスかノウか、○か×かで答えられるように工夫すると、返答率が高いのもコミットメントのテクニックの応用である。「ワンクリック詐欺」はこれが悪用された例である。

ポイント7 ポイント1のコメントでも触れたように、コミュニケーションは、Fisher [1991]において「人と問題を切り離す」ための有力な方法として位置づけられている。しかし、前著では交渉が「相手側とこちら側に共通する利害と対立する利害があるときに、合意に達するために行う双方向の対話(コミュニケーション)」と定義されていたので、このポイントはすべてのポイントをカバーする一般的な性質を有するといえる。
 よいコミュニケーションの前提は知覚できることである。よく聴くためには、相手に対するみずからの思いこみを疑い(色眼鏡をはずして)積極的に聴くことが推奨されている。よいコミュニケーションのためには、相手を論破するためや大向こう(聴衆)をうならすためではなく、相手に理解してもらうために話すことが肝要である。このためには、相手の思いこみによってこちらの真意が誤解されないように、相手の耳に届きやすいような伝え方を工夫すべきである。
 相手に聴く耳を持ってもらうためのアドバイスとして、Fisher [1991]は、問題を相手の行為からではなく、自分たちに与える影響から語るべきという。たとえば、「約束を破りましたね」という代わりに、「ガッカリしました」というなどである。目的と効果を考えて話すことや、しゃべりすぎないことも重要である。




参考文献(前回ブログと同じ)
1. 野村美明「訴訟社会と交渉技術-ハーヴァード大学における実践教育について」『阪大法学』140号235-249頁 (1986年)(野村[1986])
2. 野村美明「法律家としての交渉力を高めるために―経験から学べるか」『月刊司法書士』平成16年7月号(№389)(2004年)(野村[2004])http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~nomura/profile/ronbun/genkou/shiho.pdf
Fisher, Ury & Patton, Getting To Yes (Penguin, 2d ed., 1991)(Fisher [1991]、前著)日本語訳:金山宣夫、浅井和子訳『新版ハーバード流交渉術』(ティービ-エス・ブリタニカ、1998)
3.Roger Fisher & Daniel Shapiro, Beyond Reason: Using Emotions as You Negotiate (2005) (Fisher [2005]、後著)日本語訳『新ハーバード流交渉術-感情をポジティブに活用する』)
4.太田勝造・野村美明編『交渉ケースブック』(商事法務、2005年)(太田・野村[2005])
5.茅野みつる「人を動かす-交渉と感情」『JCAジャーナル』第54巻12号56-67頁(2007 年)(茅野[2007])
6.森下哲朗「法曹養成における交渉教育―ハーバード・ロースクールでの教育を参考に―」『筑波ロー・ジャーナル』6号31-75頁(2009年9月)(森下[2009])






ハーバード流交渉法再考

交渉力を高める7つのポイント-ハーバード流交渉法再考」という論文を執筆しようと思ったが、法律論文の作成で交渉にまで手が回らない。ある程度形ができたらディスカッションペーパーで公刊することにして、取り急ぎブログ用に2つに分割して掲載することにする。


 ハーバード大学の法科大学院で教えられている交渉方法は、日本でも「ハーバード流交渉術」として一世を風靡している。この方法は、1981年に出版されたFisher [1991]の第1(2版にQ&Aが付加されただけで、基本的には第1版と変わりない)で明らかにされ、米国でも広く支持されることになった。しかし、Fisher [1991]では「人と問題を分離する」の説明が不足していたといわれる。Fisher [2005]はこの点を発展させたものといえる。「合理を超えて-感情を活用した交渉」という書名は、前著の特徴といわれた合理的交渉方法を超えることを意図されているともいえよう。
Fisher [2005]を用いたハーバードにおける最近の交渉教育法については、森下[2009]が詳しい。また、感情を活用した交渉法の実際については茅野[2007]が実例を交えてわかりやすく説明している。しかし、Fisher [1991]の第1版で教育を受けた筆者(野村[1986])としては、Fisher [2005]には腑に落ちないところが多々ある。
たとえば「自分が相手の考えや感情や行動を理解しているということを相手に伝えよう」(第3章)とか「相手の社会的ステータスを認めて、尊敬の念を持って接しよう」(第6章)というガイドラインは、さほど目新しいものとは思えない。Fisher [1991]の「立場ではなく利害に焦点を合わせよう」というガイドラインが目から鱗の気づきと実際的な相違をもたらすものであったのに比べると、Fisher [2005]のガイドラインはインパクトに欠けるのではないだろうか。
また、交渉では「協力関係をはぐくむように、一時的な役割を選択しよう」(第7章)というガイドラインがあるが、「役割」(role)という考え方が日本語脳ではしっくりこない。日本において腑に落ちる交渉指針とするためには、さらなる分析と説明が必要だと思われる。
とはいうものの、Fisher [1991] からFisher [2005]へ進化した点があることは認めなければならない。それは、Fisher [1991]においては「原則立脚型交渉法」としてまとめられた5つの指針が、Fisher [2005]では交渉の7要素(Seven Elements of Negotiation)に整理されていることである。しかも、ハーバード流交渉法の代名詞であった「原則立脚型交渉法」がFisher [2005]ではFisher [1991]においても相当の「利害立脚型交渉法」と呼ばれている。これは、Fisher [1991]で述べられたハーバード流交渉法の特徴をより正確に表現したものといえる。
Fisher [2005]が示した交渉の7要素のうち、Fisher [1991]5つの指針に含まれていない二つの要素、BATNAとコミットメントは、5つの指針を補足するものとしてFisher [1991]でも詳しく説明されている。したがって、Fisher [2005]が認めるように、交渉の7要素は当初からハーバード流交渉法の核となっていたといえる。
以上のような進歩が見られるものの、Fisher [2005]の整理した交渉の7要素は、Fisher [1991]から抽出される7要素とは異なる点がある。第1に、Fisher [1991]の第1指針「人と問題を切り離せ」の重点が異なっている。
Fisher [1991]では「人と問題を切り離せ」は交渉当事者を対立的に見ないで、同じ問題に取り組む協力者だと見るところに重点があったように思われる。いわゆる問題解決型交渉法である。これに対して、Fisher [2005]では、たとえば年齢、地位、家族や趣味などについて相手との共通点を探して「つながり」(affiliation)を築いて「対立者を同僚に変えよう」(第4章)というが、これを強調しすぎると姑息な手段ととられかねない。
さらに問題なのは、Fisher [1991] Fisher [2005]では「コミットメント」の意味が違ってきているのではないかという点である。Fisher [1991]におけるコミットメントは、ゲーム理論で言う「クレディブル・コミットメント」(相手が信頼して次の一手に打って出ることができるような確約)の意味である。しかし、Fisher [2005]が示すコミットメントは、法律的な合意の要素となる約束という意味で使われている。たとえば、第9章では、合意に至るために当事者双方ができる可能性のある約束を考えて、それぞれの案を作成してみるという指針が示されているのである。
旧著の説明の方がわかりやすいというのは、古い時代に教育を受けた筆者の偏見かもしれないが、次のブログででは旧著Fisher [1991]の観点からの交渉力を高める7つのポイントを示して、交渉を学ぶ人達の参考に供したい。

参考文献
1. 野村美明「訴訟社会と交渉技術-ハーヴァード大学における実践教育について」『阪大法学』140235249頁 (1986)(野村[1986])
2. 野村美明「法律家としての交渉力を高めるために―経験から学べるか」『月刊司法書士』平成16年7月号(№389)(2004年)(野村[2004])http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~nomura/profile/ronbun/genkou/shiho.pdf
Fisher, Ury & Patton, Getting To Yes (Penguin, 2d ed., 1991)(Fisher [1991]、前著)日本語訳:金山宣夫、浅井和子訳『新版ハーバード流交渉術』(ティービ-エス・ブリタニカ、1998
3.Roger Fisher & Daniel Shapiro, Beyond Reason: Using Emotions as You Negotiate (2005) Fisher [2005]、後著)日本語訳『新ハーバード流交渉術-感情をポジティブに活用する』)
4.太田勝造・野村美明編『交渉ケースブック』(商事法務、2005年)(太田・野村[2005])
5.茅野みつる「人を動かす-交渉と感情」『JCAジャーナル』第541256-67頁(2007 年)(茅野[2007])
6.森下哲朗「法曹養成における交渉教育―ハーバード・ロースクールでの教育を参考に―」『筑波ロー・ジャーナル』631-75頁(20099月)(森下[2009])

2010年6月13日日曜日

よい人とはどんな人なのだろう

学生や社会人に交渉とリーダシップを教えている中で、よい人、信頼できる人、感じのよい人とはどんな要素を持った人のことなのだろうと考えている。よい人とはどのような要素からできているのか(つまり定義)がわからないと、それを意識的に育てたり学ぶことはできない。Twitterで短く書いておいたが、出典といっしょに補っておこう。

スタジオジブリの鈴木敏夫さんによれば、「いろんな人が集まって一つのものを成功させる最大の秘訣」は、「自分の立場を忘れることだ」。「自分のことを考えている奴が悪いやつで、他人のことを考えている奴がいいやつだ」そうだ。(*JAL Skyward 2009年3月号114-115頁*)指揮者の小林研一郎さんは、「相手のことをいつも思いやっていると、それがだんだん広がってくるのです。集団として心が育つのですね。」という。(*月刊WEDGE2007年12月号120-121頁*)

以上は筆者が学生や秘書らとで作成している「実践知データベース」からの抜き書きである。他のデータとの照合や実地にあてはめて検証が必要であるが、仮説的定義としてつぎのようにまとめておく。他人のことを考えているのがよい人で、そのことが相手に伝わると信頼できる人である。みなさんも周りの人にあてはめて楽しんでみてください。