○見かけではなく、実質を交渉する。
○参加者は問題の解決者である。
○目標は効果的かつ友好裏に賢明な結果をもたらすこと。
交渉力を高める7つのポイント
1.人と問題を切り離す
○人に対してはやさしく問題に対しては強硬に。
○信頼するか否かと無関係に進める。交渉当事者間で仕事ができる良好な関係を築く。
2.立場ではなく利害に焦点を合わせる
○利害を探る。
○最低線を出すやり方を避ける。
3.双方にとって有利な選択肢(オプション)を考え出す
○まず複数の選択肢をつくり、決定はその後にする。
○ブレーンストーミングを活用する。
4.客観的基準を強調する
○意志とは無関係な客観的基準に基づいて結果を出す。
○理を説き、理には耳を傾け、圧力ではなく原則にあわせる。
5.よい「BATNA」(バトナ)を用意する
○ 現在の交渉をしないとしたときの最善の代替案BATNAを考える。
6.確約(コミットメント)の仕方を工夫する
○こちらが何をするかを明確に示す。
○相手に何をしてほしいかを明確に示す。
7.よい伝え方(コミュニケーション)を確保する
○相手の言うことをよく聴く。
○理解させるために話す。
【コメント】
ポイント1 交渉で一番大切なのは問題の解決であるのに、しばしば交渉相手の「人」が問題になってしまう。人と問題を切り離して、問題に集中するためには、円滑な対話による理解の促進が必要なのである。「人に対してはやさしく問題に対しては強硬に」とは、Fisher [1991]の問題解決型交渉の考え方を表している。
問題解決型解決方法は、ゲーム理論に裏付けられている。ここからは、第1にゼロサムゲームに見える状況を利害に基づいて分析することによって、ウィンウィンゲームに転換できることが示される(野村[2004])。この点は、ポイント2の利害分析の重視とポイント3の利害の組み合わせによるオプションの創造につながる。第2に、ゲーム理論からは、交渉における意思決定において、情報と情報の伝達(コミュニケーション)の重要性が導かれ(野村[2004])、ポイント7につながっていくのである。
「人と問題を切り離せ。」では、人が問題にならないように、予防的な措置も強調される。予防的な措置の核心は「相手と話ができる関係」を築くことである。前述のように、Fisher [2005]では繋がりや関係性を築くことが強調され、繋がりは交渉の7要素の第1要素とされる。
ポイント2 前回のブログで述べたように、「ハーバード流交渉術」の特徴は、Fisher [1991]では原則立脚型にあるとされていたのに対して、Fisher [2005]では利害立脚型に求められている。すなわち、ポイント4からポイント2に力点が変わったのである。問題解決における利害分析の重要性は、前述のように、ゲーム理論によって裏付けられる。
ポイント3 このポイントは前著と後著で変わらない。いわゆるパイを大きくすることである。理論的には、交渉の後の方が交渉の前よりも当事者双方の利得が増加していなければならない。この点も、ゲーム理論で説明することができる。
ポイント4 Fisher [2005]では、正統性(レジティマシー)としてまとめられている。Fisher [1991]に基づく授業では、当事者双方が納得できる客観的原則をいかに見出すかという技術的な面が前面に出ていたように思われる(野村[1986])。
ポイント5 BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)とは、交渉による合意が成立しなかった場合の最善の代替策である。現在の交渉の中での最低水準(ボトムライン)と区別することである。
Fisher [1991]では原則立脚型交渉法は4原則からなると説明されていた。そしてBATNAは権力(パワー)のある相手に4原則では対抗できない場合に交渉力を高める対処法として位置づけられていたのである。太田・野村[2005]は、Fisher [2005]が公刊される以前ではあるが、BATNAを交渉の第5ポイントとして説明している。
ポイント6 「コミットメント」という言葉は、Fisher [1991]ではポイントとしては取り上げられていない。前述したように、Fisher [2005]では意味合いが異なる。前著はコミットメントを手段・方法として用いる意味、後著では交渉目的である合意の意味合いで用いられており、公正で現実的なコミットメントを行うことが強調される。
Fisher [1991]は、確約の例として、人を雇いたいときに、こちらから明確なオファーをして、相手がイエスといえば合意成立という状態にすることをあげる。メールを書くときに、イエスかノウか、○か×かで答えられるように工夫すると、返答率が高いのもコミットメントのテクニックの応用である。「ワンクリック詐欺」はこれが悪用された例である。
ポイント7 ポイント1のコメントでも触れたように、コミュニケーションは、Fisher [1991]において「人と問題を切り離す」ための有力な方法として位置づけられている。しかし、前著では交渉が「相手側とこちら側に共通する利害と対立する利害があるときに、合意に達するために行う双方向の対話(コミュニケーション)」と定義されていたので、このポイントはすべてのポイントをカバーする一般的な性質を有するといえる。
よいコミュニケーションの前提は知覚できることである。よく聴くためには、相手に対するみずからの思いこみを疑い(色眼鏡をはずして)積極的に聴くことが推奨されている。よいコミュニケーションのためには、相手を論破するためや大向こう(聴衆)をうならすためではなく、相手に理解してもらうために話すことが肝要である。このためには、相手の思いこみによってこちらの真意が誤解されないように、相手の耳に届きやすいような伝え方を工夫すべきである。
相手に聴く耳を持ってもらうためのアドバイスとして、Fisher [1991]は、問題を相手の行為からではなく、自分たちに与える影響から語るべきという。たとえば、「約束を破りましたね」という代わりに、「ガッカリしました」というなどである。目的と効果を考えて話すことや、しゃべりすぎないことも重要である。
参考文献(前回ブログと同じ)
1. 野村美明「訴訟社会と交渉技術-ハーヴァード大学における実践教育について」『阪大法学』140号235-249頁 (1986年)(野村[1986])
2. 野村美明「法律家としての交渉力を高めるために―経験から学べるか」『月刊司法書士』平成16年7月号(№389)(2004年)(野村[2004])http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~nomura/profile/ronbun/genkou/shiho.pdf
Fisher, Ury & Patton, Getting To Yes (Penguin, 2d ed., 1991)(Fisher [1991]、前著)日本語訳:金山宣夫、浅井和子訳『新版ハーバード流交渉術』(ティービ-エス・ブリタニカ、1998)
3.Roger Fisher & Daniel Shapiro, Beyond Reason: Using Emotions as You Negotiate (2005) (Fisher [2005]、後著)日本語訳『新ハーバード流交渉術-感情をポジティブに活用する』)
4.太田勝造・野村美明編『交渉ケースブック』(商事法務、2005年)(太田・野村[2005])
5.茅野みつる「人を動かす-交渉と感情」『JCAジャーナル』第54巻12号56-67頁(2007 年)(茅野[2007])
6.森下哲朗「法曹養成における交渉教育―ハーバード・ロースクールでの教育を参考に―」『筑波ロー・ジャーナル』6号31-75頁(2009年9月)(森下[2009])