定義とは、概念を他の概念と区別する要素を明らかにすることである。20010年5月21日Twitterに、定義は概念を持ち運び可能にすると書いた。交渉、対話、ディベート(討論)および議論という概念は、民主主義の実践になくてはならないものである。以下ではこれらの重要な概念を持ち歩いて意識的に用いることができるように、実践的な定義を提案したい。
(1)紛争とは、
①利益や価値に関する対立であって(利害対立)
②一方からの要求が他方に拒絶された(主張対立)ものである
(2)交渉とは、
当事者間に利害対立がある場合に、合意または共同の決定に到達するための、伝え合い(コミュニケーション)のプロセスである
(3)ディベート(討論)とは、
特定の命題について、肯定側と否定側(利害対立・主張対立)が理由を伝え合い(コミュニケーション)、議論の優劣を競うプロセスである
(4)対話とは、
意見や利害を異にする人同士(相違)が、お互いの変容を受容しつつ行なう、伝え合い(コミュニケーション)のプロセスである。
(5)議論とは、
理由を示して結論を述べることである。—
例1 人間はみんな死ぬもんや。あんたも人間やないか。そやからあんたも死ぬんやで。—
例1は、まずみんなが受け入れられる一般的法則など(人は死ぬ)を正当化の論拠に持ち出し、つぎにそこに目の前の事実(あなたも人だ)を根拠としてあてはめて、最後に結論(あなたも死ぬ)を導き出す議論の形である。三段論法と呼ばれる。
説得的な議論は、一般的な論拠と事実的な根拠に支えられた主張(結論)からなる(図2参照)。
以上の(1)および(2)から、紛争がなくても当事者間で利害対立があれば利害調整のために交渉が利用できることがわかる。(5)の定義によれば、議論がなくても交渉はできるが、議論はディベートでは不可欠なことがわかる。
もちろん、理由を示した主張(議論)がない交渉は生産的ではないし、交渉で説得的な議論をしようとすれば、目の前の事実を根拠にあげるだけではなく、できるだけ一般的な法則や基準を論拠に持ち出す必要がある。
交渉と(3)のディベートとは親近性が高いが、ディベートと(4)の対話とは共通点が少ない。しかし、ディベートと対話の間には、こちらと相手に相違があることおよび相互の伝え合い(コミュニケーション)であることという共通の要素がある(図1参照)。
最後に、交渉、ディベートおよび対話は、現実に相手がいることが重要である。もちろん想定問答のようなディベート架空の相手との対話はありうる。しかし(5)の議論は、本の中の議論のように、現実の相手がいなくても成立する。もっとも本も読者を説得するために議論しているともいえるが、議論の重点は自分の主張を述べるところにあり、相手との相違や伝え合いは不可欠の要素とはいえないのである。
以上については、次の論文を参照。
野村美明「紛争解決過程における交渉概念と討論・議論・対話の概念」『仲裁とADR』2号16-29頁(2007年)
図1
図2
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