2020年8月1日土曜日

組織のトップにリーダーシップがない


大阪大学大学院国際公共政策研究科グローバルリーダーシップ・プログラム
2020年度共通テキストより


リーダーシップは人格ではない

大阪大学大学院国際公共政策研究科グローバルリーダーシップ・プログラム
2020年度共通テキストより



2020年7月1日水曜日

“Furlough” と “Layoff”の違い

学校では “layoff”は一時帰休の意味だと習ったが、今では解雇の意味らしい。帰休は "furlough" [fə́ːrlou]で、難しい。
https://twitter.com/nomurakn/status/1278133894244515840

Difference Between“Furlough” vs. “Layoff”
A furlough is “a temporary layoff from work.” People who get furloughed usually get to return to their job after a furlough....In general, people are not paid during furloughs but they do keep employment benefits, such as health insurance.

Layoffs are when an employer dismisses employees. That is, they are let go (laid off) from their jobs..... today, we generally use the word layoff when a person is permanently let go from a job.
https://www.dictionary.com/e/furlough-vs-layoff/

Katten Muchin Rosenman LLP announced at a town hall meeting Monday that it will lay off some of the employees that it had furloughed in response to the COVID-19 pandemic at the end of July.

2020年6月21日日曜日

リーダーシップ20200619授業メモ



実践GL20200619⼭下春幸⽒

前の時間の授業があったので山下シェフの講話に遅れて参加したが、学者との共通点があるのでおどろいた。これからは学者はシェフだということにしよう。

以下は自分宛メールで書いた自分用のメモです。色々参考になりそうなのですが、PCにおいておいても行方不明になりそうなので、ブログに置いておきます。

----実践グローバルリーダーシップ@大阪大学国際公共政策研究科(OSIPP)グローバルリーダーシップ・プログラム春夏学期----

テーマ:グローバルリーダーシップ

データ化
Huminization
適応⼒ 多様な⽂化、多様な価値観
相⼿の理解 ⾔語を超えた、⼼のコミュニケーション
真俯瞰︓真上から⾒る
⾵を読む
⽫洗い⼀番早い。⽫洗いに疑問を持つ⼈もいる、10年後も⽫洗い。与えられた仕事を⼀⽣懸命する。
絶対に失敗しない仕事。連続失敗の先の先の成功を⽬標に。プリンを200回くらい作る(おばあちゃんのため
に)。レシピ。何百回も作り直す。今でもよくやったというレシピがある。
⼈のために役⽴つ「真のリーダー」を⽬指す。
質疑応答︓
制限を設けない。労働基準法の世界では⽣きていない。好きなことをする。
⼈に役に⽴つことをする。
単純な仕事にも気づきがある。⾃⼰限をかげずにあらゆる仕事を⼀⽣懸命する。あらゆるところに転がっている。気
づかないだけ。
今いるところを⼤切に。
料理は最も⼤切な⼈のために作りましょう。
持論ヴァージョン3,1←持論1,1は⾃分のために。
結果を出そうと焦らないでください。がむしゃら。⼀⽣懸命。プロのサッカー選⼿。ゴールを決める。プロ選⼿は線
に合わせるだけ。答えから導かない。プロセスを⼤事にしてあらゆることをする。

2019年5月15日水曜日

リーダーシップ教育と法学教育

日本で唯一のリーダーシップ教育をする法学者として、大阪大学でグローバルリーダーシップ・プログラムのコーディネーターをして10年近くになる。法学教育ほどリーダーシップと縁遠いものはないというと皆納得してくれるのだが、アメリカ合衆国のオバマ大統領がハーバードの、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏がエールのロースクール出身であることを考えると、そうでもないのかもしれない。
リーダーシップ理論では、権限のあるリーダーシップと権限がないリーダーシップを区別する。前者は大統領、首相や社長、後者はガンジーやマーティン・ルーサー・キングを考えればわかりやすい。首相でも社長でも、リーダーシップがなくてだれもついていかなかった例やおかしな指示をして組織をダメにした例はすぐ思いつく。ガンジーやキング牧師は、公的な権限がないのに人々を動員して社会に大きな変革をもたらした。公的権限を持った人が命令やインセンティブで人々を動かすのは、本来のリーダーシップではないのである。
ところが法律学では法的権限がなかったり権限を越えたりして行為することは、否定的に評価される。テレビドラマでは役人や刑事が権限を越えて活躍するともてはやされるが、現実の世界はそうはいかない。もともと私人が自分たちのイニシャティブで不正な力に立ち向かったり自力救済をしたりすることに対しても、日本法は積極的には認めないのである。では日本の法律学はリーダーシップに冷たいのだろうか。
大学では長らく交渉のコースも担当してきたが、理論的にウィンウィンとはいっても自己利益の実現が前提であり、学生はどうしても勝ち負けにこだわる傾向がある。これに対して、リーダーシップを学ぶ学生はあらゆる場面で「私心を捨てる」ことが求められる。たとえば、自分だけその場を雄弁に取り仕切るよりも、他の参加者のよいところを引き出す方が評価される。懇親会でも「リーダーは最後に食べよ」といわれる。
要するに、他人の信頼を受けてその人のために行為する者は、もっぱら自分の利益よりもその他人の利益をはかる義務があるということである。これは法律学でいう信認義務(忠実義務)にほかならない。リーダーシップの授業では、信認義務が問題となる場面を色々作ってその義務をいかに履行するかをみんなで練習していることになる。
法律学がリーダーシップに無関心なのではなく、日本の法学教育が今の世界に必要な他人のために働く人材の養成に適応しきれていないのではないだろうか。


Law Books” 別冊『エッセイ特集』 No.1 Autumn-2016裏表紙より