2010年8月24日火曜日

英語の"argument"を「議論」と訳してよいか



Ver.2010/08/24

「和ペディア」というサイトを見ていたら、「英語の"argument"にあたる日本語翻訳はあるのか」という投稿があった。やりとりが興味深く、最後になるほどと思う回答が示されていたので、私の解説付きで要点を紹介する。

「和ペディア」サイトのURLhttp://www.wa-pedia.com/で、質問者と発言者は、Maciamoさん、PaulTBさん、  Elizabethさん、 Poxさん そして CorDareiさん。

Maciamoさんは、英語の"argument"にあたる日本語翻訳はあるのだろうか」と問う。
原文:Is there no translation for (logical) "argument" ?

「議論」という言葉は何かを支持したり証明したりするときに用いる関係づけられた理由という意味で使われるが、この場合の「議論」の意味を日本語でどう表現すればよいのだろう。たとえば an argument for (or against) death penalty ?”はどう翻訳すればよいのだろう。

原文:How can we express the meaning of "argument",in the sense of a set of reasons given to support or prove something - e.g. an argument for (or against) death penalty ?

わたしの解説では、argumentを「議論」と訳してしまっている。議論という訳は、Maciamoさんの「何かを支持したり証明したりするときに用いる関係づけられた理由」という説明に一致する。議論の簡単な定義は、「理由をつけた主張」であり、これに対してディベートでも使える実践的な定義は「根拠と論拠に裏付けられた主張」[]であった。

「根拠と論拠」がどう違うのかは過去のブログを見ていただくとして(下記参照)、以上からも「argument=議論」という定義はおかしくない。では、an argument for (or against) death penaltyをどう訳すか。与えられた英文は次の通り。

" find 5 arguments for and 5 arguments against death penalty"

法学部の教授なら、「死刑に賛成する議論と反対する議論をそれぞれ5つ見つけてきなさい」という課題を出すかもしれないし、これは翻訳としておかしくはない。しかしこのサイトの最終的な翻訳はもっとわかりやすい。

死刑制度に対しての反対"意見"・賛成"意見"をそれぞれ 5つ見つけてこい。

部分的に見れば、argumentが「意見」になっているから、うるさい法学部の教授なら、これでは「根拠に裏付けられた主張」という議論の定義を表現していないではないかというかもしれない。では、「死刑制度に対しての反対"意見"・賛成"意見"をそれぞれ 5つ見つけてこい。」という課題を出されたら、学生はどう理解するだろうか。

反対意見や賛成意見というのだから、5人の学者が「死刑制度は維持されるべきだ」と主張し、別の5人の学者は死刑廃止論を主張しているという結果だけのレポートではよい評価はもらえないだろう。学生は、死刑制度を維持すべき理由、廃止すべき理由を述べた意見を見つけようとするのではないだろうか。もっとも、反対の理由や賛成の理由が福澤先生を満足させるような議論の条件[]を満たしていないかもしれない。しかし、「理由を示した主張」という議論の最低条件はクリアーしているのである。

もちろん、日常会話では、議論という言葉は論争や口論という意味でも使われる。Maciamoさんによれば、辞書ではつぎのような定義が与えられている。

原文:
議論 => argument in the sense of discussion or dispute
論争 => controversy, dispute, debate
口論 => argument in the sense of quarrel or dispute
論点 => main topic, major issue, point in question (at issue)
論拠 => the ground(s) of an argument
理由 => reason, cause; excuse, pretext

「議論」を「言い争い」と定義するのは、日常会話での意味を取り入れたものといえる。日本語でも英語でもそうだ。わたしの愛用する電子辞書にも、”We had an argument with the waiter about the bill.”(わたしたちはお勘定のことでウェイターと言い争いをした。)という例が載っている。ところが、” argument (for or against something)”と使う場合のつぎの定義は、議論そのものである。

“a reason or set of reasons that somebody uses to show that something is true or correct”
「何かが真実か正しいかを示すために用いられる理由または理由の組み合わせ」

この定義には「安楽死には強硬な賛成論と反対論がある。」(There are strong arguments for and against euthanasia.)という例文があげられている。安楽死や死刑制度という論題自体が堅くて深刻なものであるから、単に好き嫌いではなくきちんとした理由を挙げて意見を述べることが求められているのである。

このように、言葉の定義というのは目的や文脈によって異なる。わたしは、ディベート(議論を戦わすこと、討論)や交渉(合意や決定に達するために話し合うこと)や対話をよりよく学ぶという目的のために、実践的な定義を提案している。実践的な定義は、それぞれの「言語技術」を比較してその特徴と背景の理論を理解し、これらの技術を意識的に「使って」「練習する」(practice!) ためのものである。このため、実践的な定義は学問的、理論的な裏付けが必要である。通常の辞書の日常会話的な例文や定義で学んでいたのでは不十分なのである。

「和ペディア」でのやりとりの最後につぎの翻訳例文があげられていた。この例文での argumentの意味を考えてみてください。

"The grounds for your second argument are not valid"
君の二つ目の主張の"根拠"はおかしい。


[] 福澤先生やトゥルミンの定義である。後掲注2参照。
[] 議論の条件とは、「根拠(経験的事実)」から「主張(結論)」が導き出されており(根拠→だから→主張)、根拠と主張を結びつける「論拠」(一般的な了解事項や法則)が示されていることである。ブログ「紛争、交渉、討論、対話、議論」2010719日月曜日http://nomurakn.blogspot.com/2010/07/blog-post_19.html参照。

2010年8月9日月曜日

コンビニから医院へ

昔個人商店がチェーン店に変わっていった。今はコンビニなどの跡地に医院や歯科医院ができている。これはどうしてだろう。豊中だけの現象なのだろうか。チェーン店は基本的に個人事業である。下位のチェーンでは本部との契約(1年)が更新されないことが多い。医院よりも経営が厳しいからかもしれない。

コンビニなどは基本的に個人事業者がチェーン本部とフランチャイズ契約(契約期間1年)を結んで商売する。たとえばセブンイレブンの商標(7とELEVENの組み合わせ)の使用許諾を受けて商売するのである。業態毎の契約内容は「ザ・フランチャイズ」というサイトに公表されている。http://frn.jfa-fc.or.jp/ 

業界下位のチェーンは、上位のチェーンに比べると、このフランチャイズ契約が解約されたり更新されなかったりする率がはるかに大きい。おもしろいことに、上記サイトに公表された契約内容の説明は、上位のチェーンほどわかりやすくごまかさないで書かれているような印象を受ける。

わかりやすさは、情報過多で複雑な社会で事業の成否を占う鍵となりうる。もちろん、単調な「いらっしゃいませ。こんにちは」を連発するコンビニは、チェーン本部の鈍さを象徴しているともいえるのだが。