2014年5月21日水曜日

よい論題の条件-アカデミックディベートと訴訟ディベート



                                               Ver.2014/05/21

1.はじめに
2.アカデミックディベートの論題分析
3.訴訟におけるディベートと論題分析
4.結論


1.はじめに

学生から合宿でのディベート用に、「わが社は、外国人労働者を一定数雇用し、公用語を英語にすべきである」という論題が提案された。この論題は、ディベートの論題としてふさわしいものといえるだろうか。
フリーリー2013は、13回も版を重ねた定評のあるディベートの教科書である。フリーリーは、よい論題は次の4つの特徴を備えていると整理する。

よい論題の特徴
   争いがあること 
   論点は1つに絞ること
   感情的な表現は避けること
   肯定側が望む決定を正確に記述していること

この論考では、フリーリーが主張する4つの特徴を、よい論題のための4つの条件としてとらえる。2ではこの4条件を冒頭の論題を中心に分析し、つぎに3で実社会におけるディベートの応用の典型として裁判所における訴訟を検討し、フリーリーの見解はよい論題の条件としては必ずしも適切ではないことを明らかにし、最後に4でその修正を提案する。

2.アカデミックディベートの論題分析

あなたの会社で、冒頭の主張に経営者が賛成し労働者が反対しているとすれば、①の条件の争いの存在は満たされている。しかし、争いの存在はディベートの論題の前提条件であって、論題の中身に関する条件ではない。
これに対して、②の論点は1つに絞ることという条件は、論題の中身、成り立ちに関する条件といえる。冒頭の主張は2つの論点を含んでいるから、この条件に照らせばよい論題とはいえない。経営者や社員のなかで、外国人労働者雇用に対する意見と公用語を英語にすることに対する意見の分布や割合は異なるはずなので、これらを論題として社内でディベートしても混乱が生じる恐れがある。
②の条件に従えば、この論題は「外国人労働者を一定数雇用すべき」という論題と「わが社は公用語を英語にすべきである」という論題に分けるべきである。2つの論題を別々にディベートするほうが、議論の混乱がなく効果的に決定ができるだろう。
さらに、肯定側がディベートに勝利して、「外国人労働者を一定数雇用すべき」ことが認められても、いつまでに何人雇用するかが決められていないので、肯定側が望む結果が正確に記述されているとはいえず、④の条件を満たしていない。
冒頭の論題をフリーリー2013の②と④の条件に従って修正すれば、「わが社は来年の新入社員の半数を外国人にすべきである」という論題と「わが社は来年4月から英語を公用語とすべきである」という論題に分けてディベートをすればよいことになる。もちろん、「新入社員」や「公用語」が何を意味するかをきちんと定義しないと、よいディベートにはならない。
最後に、フリーリー2013の感情的な表現を避けることという条件は、よい論題の条件としてはわかりにくい。フリーリーは、「いたいけない動物を無意味に痛めつけるサディスティックで残酷な実験は禁止されるべきである」という論題を、感情的表現がつまった悪い例としてあげる。そして、「生体解剖は違法化すべきである」という論題の方がよいと提案している。しかし、問題は表現が感情的かどうかではなく、それが人によって評価が異なりうる主観的な表現であることにある。
たとえば「優れた外国人労働者を雇用すべき」という主張はだれもが否定するのが難しいので、肯定側に有利である。しかし、この主張が認められても、実際の雇用者は優れていない労働者は採用しないだろうし、優れているかどうかは雇用者の裁量に任されているから、主張に「優れた」という表現を入れる意味はない。反対に、たとえば「残虐な、非人道的な刑罰」という表現は感情的であるが、「残虐な、非人道的な刑罰」の禁止は多くの国で広く受け入れられている(憲法36条、拷問等禁止条約参照)ので、感情的な表現であってもディベートの論題として悪いとはいえない。

原文
Characteristics of an Effective Debate Proposition
Controversy
●One central idea
●Unemotional terms
●Precise statement of the affirmative’s decision


3.訴訟におけるディベートと論題分析

ところで、以上の4つの条件が満たされているかどうかが実際的にも重要となる論題がある。訴訟における論題がそれだ。訴訟においては、原告が、被告に対して有する権利を裁判所に認めてもらうために訴えを提起する。たとえば、XYから中古車a100万円で買ったがYが引き渡さない場合に、X(原告)は裁判所に中古車aの引き渡しをY(被告)に対して請求する権利を認めてもらうために、訴えを提起する。Xは、「YXに対して中古車aを引き渡すべきだ」という論題を肯定する議論をし、これに対してYはこの論題を否定する議論を展開し、裁判所が勝ち負けを決めるのだから、訴訟はディベートの実社会における応用といえる(太田・野村2005)。
訴訟におけるディベートは、pという事実があればqという結論が認められるべきだという条件文の形をとる(p→q)。上の売買契約の例なら、p:「原告は被告から○年×月△日、中古車Aを買った」、よって、q:「被告は原告に対して中古車aを引き渡せ」となる。この「事実pのもとで結論qが認められるべき」という主張が、訴訟ディベートにおける論題といえる。
「p:XYとの間に中古車aの売買契約がある、よってq:YXaを引き渡せ」という論題の前提には、XYの争いがあり(条件①)、論点は「売買契約の存否」1つに絞られており(条件)、感情的な表現はなく(条件③)、肯定側Xが望む決定「XYからaを買った」と最終的な決定「YXaを引き渡せ」を正確に記述している(条件④)から、この論題はよい論題である。
もっとも、論点を1つに絞るという②の条件については修正が必要だと思われる。なぜなら、たとえばXが中古車aを所有していたのにいつのまにかYがこれを占有して乗り回しているという場合を考えよう。Xの所有権に基づく返還請求権としての引き渡し請求権に関するディベートの論題は、「p1:Xがaを所有しており、かつ、p2:Yがaを占有している、よって、p:YはXにaを引き渡せ」となる。つまり、論点はp1とp2の二つあり、②の条件が満たされていないが、法的には正しい論題である。
所有権に基づく返還請求権の論題に含まれているp1、p2という論点は、p1という論点が肯定され、同時にp2という論点が肯定された場合にのみ、qという結論が肯定される関係にある。したがって、よい論題になる条件②は、「一つの論点かまたは複数の論点の場合にはそれらが密接不可分の関係にあること」と修正できる。
冒頭の「外国人労働者を一定数雇用し、公用語を英語にすべき」という二つの論点は、いずれかを肯定または否定することが他方の論点に影響を及ぼさないので、密接不可分の関係にあるとはいえない。したがって、冒頭の論題はよい論題とはいえないのである。
 最後に、訴訟ディベートにおける論題をディベートする場合には、法的な論拠が重要となる。たとえば、「p:XYとの間に中古車aの売買契約がある、よって、q:YXaを引き渡せ」という論題を考えてみよう。pという事実とqという結論を結びつけるためには、「売買契約をしたら、売り主は買い主に対する目的物の引き渡し義務がある」という法的な論拠(warrant)が必要である。この法的な論拠の根拠(backing)は、日本では民法555[1]の規定であるといえる。
 このように、訴訟ディベートの特徴は、論題の論拠が法的なルールであることである。言い換えれば、訴訟におけるディベートは、「pという事実がある、よって、qという主張が認められる、なぜなら、Pがあれば一般的にQとなるべきという法的なルールがあるからだ」という法的な議論の構造を持つのである(下の図では、英国の哲学者トゥールミンにならって、pをData、qをClaimと表示している)[2]





4.結論

フリーリー2013が示したよい論題のための4つの条件のうち、②の論点は一つに絞ることおよび③の感情的な表現は避けることは、よい論題のための条件を正確に表しているとはいえない。よって、これらは次のように修正されるべきである。

よい論題の条件(修正)
   争いがあること 
   論点は1つに絞るか、複数の論点が密接不可分の関係にあること
   評価が分かれるような主観的な表現は避けること
   肯定側が望む決定を正確に記述していること



参考文献
□ Austin Freeley & David Steinberg, Argumentation and Debate pp.125-127 (Cengage Learning, 13 ed., 2013).
□ Stephen Edelston Toulmin, The Uses of Argument, Cambridge U. Pr.1958.2003.翻訳としては、戸田山和久・福澤一吉訳 『議論の技法-トゥールミンモデルの原点』10-11(東京図書、2011)がある。
太田勝造・野村美明編『交渉ケースブック』(商事法務、2005年)。
司法研修所編『新問題研究要件事実』1章、3章、5章(法曹会、2011年)。
司法研修所編『紛争類型別の要件事実 民事訴訟における攻撃防御の構造』1章、6章(法曹会、2006年)。




[1] 民法555条は次のように規定する。「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」
[2] 法的議論と議論の構造およびトゥールミンの議論の理論については、次のブログ参照。http://nomurakn.blogspot.com/2011/02/blog-post.html.