2019年5月15日水曜日

リーダーシップ教育と法学教育

日本で唯一のリーダーシップ教育をする法学者として、大阪大学でグローバルリーダーシップ・プログラムのコーディネーターをして10年近くになる。法学教育ほどリーダーシップと縁遠いものはないというと皆納得してくれるのだが、アメリカ合衆国のオバマ大統領がハーバードの、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏がエールのロースクール出身であることを考えると、そうでもないのかもしれない。
リーダーシップ理論では、権限のあるリーダーシップと権限がないリーダーシップを区別する。前者は大統領、首相や社長、後者はガンジーやマーティン・ルーサー・キングを考えればわかりやすい。首相でも社長でも、リーダーシップがなくてだれもついていかなかった例やおかしな指示をして組織をダメにした例はすぐ思いつく。ガンジーやキング牧師は、公的な権限がないのに人々を動員して社会に大きな変革をもたらした。公的権限を持った人が命令やインセンティブで人々を動かすのは、本来のリーダーシップではないのである。
ところが法律学では法的権限がなかったり権限を越えたりして行為することは、否定的に評価される。テレビドラマでは役人や刑事が権限を越えて活躍するともてはやされるが、現実の世界はそうはいかない。もともと私人が自分たちのイニシャティブで不正な力に立ち向かったり自力救済をしたりすることに対しても、日本法は積極的には認めないのである。では日本の法律学はリーダーシップに冷たいのだろうか。
大学では長らく交渉のコースも担当してきたが、理論的にウィンウィンとはいっても自己利益の実現が前提であり、学生はどうしても勝ち負けにこだわる傾向がある。これに対して、リーダーシップを学ぶ学生はあらゆる場面で「私心を捨てる」ことが求められる。たとえば、自分だけその場を雄弁に取り仕切るよりも、他の参加者のよいところを引き出す方が評価される。懇親会でも「リーダーは最後に食べよ」といわれる。
要するに、他人の信頼を受けてその人のために行為する者は、もっぱら自分の利益よりもその他人の利益をはかる義務があるということである。これは法律学でいう信認義務(忠実義務)にほかならない。リーダーシップの授業では、信認義務が問題となる場面を色々作ってその義務をいかに履行するかをみんなで練習していることになる。
法律学がリーダーシップに無関心なのではなく、日本の法学教育が今の世界に必要な他人のために働く人材の養成に適応しきれていないのではないだろうか。


Law Books” 別冊『エッセイ特集』 No.1 Autumn-2016裏表紙より

2019年5月2日木曜日

裏切らないのが協調の基本




西川善文さんが「時に短気で苛烈な上司」と評されながら、みんながついて行かざるをえなかったのは、「裏切らない」という信頼があったからではないか。囚人のジレンマでわかるように、協調ゲームの基本は裏切らないことだ。奥正之(22)ラストバンカー:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXKZO44037510S9A420C1BC8000/ 

囚人のジレンマ(英: prisoners' dilemma)とは、ゲーム理論におけるゲームの1つ。2人のプレーヤーがお互い協力する方が協力しないよりもお互いに利益になることが分かっていても、もし自分だけが裏切れば自分だけが最大の利益を得る状況では、2人とも協力しないで裏切ってしまう、というジレンマである。
このゲームでは、重大な犯罪に関与した容疑で2人の被疑者が共犯者として検察官から司法取引[1]を持ちかけられていると仮定する。2人(被疑者ABとする)はこう告げられる。


「おまえたちの選択は、黙秘するか罪を自白するかである。もし二人とも黙秘すれば、ともに一年の懲役刑となる。二人がともに自白すれば、二人とも二〇年の懲役刑である。一方だけが自白した場合、自白したほうは釈放、自白しなかったほうは終身刑となる。」
2人は別々の取調室に隔離されていてお互いに相談することはできない。

このような状況でふたりがとりうる行動(戦略)の組み合わせが、後掲表1である。
一方が他方を信頼していれば、お互いに協力し合って黙秘し、2人にとって最も有利な1年の懲役刑を選択することになるだろう。しかし、相手が自分を裏切ると思ったら、自分が黙秘して自分だけ終身刑を食らうよりも、自分も裏切って自白して2人とも20年の懲役刑を選択する方がましだ。裏切られる可能性があるときには協調すると損をしてしまうと考えるのである。
 囚人のジレンマのゲームで「私心を捨てる」[2]という行為基準を遵守する人は、自分の利益より相手の利益を優先するから、自分が裏切って釈放されるより、自分が黙秘して終身刑を食らうことを選択するだろう。裏切らないという行為基準は、自分が裏切られたり損をしたりするリスクを引き受けることである。不利益や損害を引き受けるということは、責任をとることを意味する。








[1] このゲームは米国の司法取引制度を前提に考えられたものであるが、2018年からは日本でも司法取引が始まった。日本の司法取引とは、被疑者や被告人が、共犯者についての情報を提供することを条件に 、検察官に自らの犯罪を不起訴または求刑を軽くしてもらうことなどを合意することとされる(刑事訴訟法第350条の2)
[2] 「リーダーはなぜ私心を捨てよといわれるのか」(http://nomurakn.blogspot.com/2019/05/blog-post.html)参照。


リーダーはなぜ私心を捨てよといわれるのか


リーダーの行動指針として「私心を捨てよ」がある。ではなぜリーダーは私心を捨てなければならないのか。私心を捨てないとどうなるのか、私心を捨てることで何がおこるのか。これを説明するために、まずは関連のある考え方を整理しておく。

2015年4月23日木曜日
リーダーは最後に食べなさいの意味
https://nomurakn.blogspot.com/2015/04/blog-post.html
海兵隊でリーダーは最後に食べよというのは、リーダーシップの真価が自己より他者の要求を優先する態度にあるからだ。偉大なリーダーは、他者を従わせる特権があるから他者を真に大切に思い、その特権が私利私欲を捨てることで与えられたものだとわかっている(元海兵隊中将George Flynn)。Simon Sinek, Leaders Eat Last: Why Some Teams Pull Together and Others Don't (Penguin UK, 2014)  ISBN 0670923184, 9780670923182
サイモン・シネック (著), 栗木 さつき (翻訳)『リーダーは最後に食べなさい! ―最強チームをつくる絶対法則』(日本経済新聞出版社、2015)

2011年8月12日金曜日
相手の立場にたつということ
http://nomurakn.blogspot.com/2011/08/blog-post_5718.html
「いろんな人が集まって一つのものを成功させる最大の秘訣は、自分の立場を忘れることだと思っているんです」
鈴木 敏夫 映画プロデューサー
JAL Skyward 2009年3月号114-115頁

2011年3月10日木曜日
私心を捨てるということ-Obliti Privatorum
https://nomurakn.blogspot.com/2011/03/obliti-privatorum.html
西川善文氏(住友銀行、三井住友銀行元頭取。三井住友フィナンシャルグループ元代表取締役社長。元全国銀行協会会長、第2代日本郵政公社総裁。初代日本郵政代表執行役社長)に、リーダーシップで一番重要なことは何かときいたら、迷わず「私心を捨てること」だと答えられた。この質問の前に、熾烈な環境の大銀行で8年間も頭取を務めて生き残られたがという前置きを置いた上での質問であった。
「私心を捨てて公務にあたれ」クロアチアのドゥブロヴニク旧総督府の碑文にあるラテン語"Obliti Privatorum - Publica Curata" (forget private affairs - look after the public causes)。